Up 5月25日 作成: 2024-12-08
更新: 2024-12-11




      『菅江真澄全集 第2巻』(未来社, 1971). pp.55,56
    舟人かひをとゞめて、浪しづかなる磯のわだなる処の、にぎめ、名のりそ(ほんだわら)の中より、うみ鼠(あめふらし)といふものを、もろ手にすくひあぐれば、紫のあぶらながれいでて、ふなばたは、血をあやなしたるかと染わたれば、あなきたなとてとり捨て、
    こは猿鮑あり、こは、いみじき薬とてもていぬ。
    これやいにしへ、もろこし人の、山づいもと、この、さる鰒とものしたるを錦の帒よりとりいでて、鷹の薬とぞせりける。
    さることもやあらん、なにのくすりにかととへば、痳病やめる人の、みそしるにしてたうびさぶらへば、すみやかにいゆとぞいふめる。

     ‥‥‥
    コモナヰ(小茂内─乙部町) といふところに日高うついて、泊もとめたり。
    かくてくれ行空に、星ひとつのかげさへ見えず、居ならぷ軒だにも見わくべうもあらぬ八重霧のたちこめて、磯べたに人あまたの声して、つゞみとうとううちならし、ふなばたをたゝき、声のかぎり叫ぶは、海参()(なまこ)あみひくとて沖にをるふねどものかへさ、こぎまよひなんをよばふ。
    このこゑをしるべに、よりくとなん。
    かゝらんをりしもアヰノのくににては、あがせし男の舟を、メノコひとり磯辺に立て呼ぶを、ちか隣よりもメノコひとりいで、ふたりいでてよばふに、よびつぎつぎて、うらうらのこゑごゑうちどよみて、二三里も呼つぐことのありけり。
    此こゑのいとものがなしう、あはれなり。
    これを、ベ◦ウタギといふとなん。